ありのまま

資格なし、学歴なし、30代フリーター、豆腐メンタル……そんなダメ人間のブログ

あのころ私は若かった-中学時代その2-

前回( あのころ私は若かった-中学時代その1- - ありのまま )の続き。

ちなみに中学のラグビーは両フランカーナンバーエイトというポジションが無く、フォワード5人のバックス7人なので、15人ではなく12人で行われます。

なので、サッカーより1人多いだけなのですが、如何せん他競技に人口を奪われまくっていたので、同期11人という事は、よほど酷い選手でもない限りレギュラーメンバー入りは約束された事になります。

入部からボールの持ち方に始まり、パスの放り方、取り方、持ちながらの走り方、タックルの受け身、タックル……。

あっという間に時間は過ぎていきました。

ちなみに学業の方は、最低限しなければいけない程度の勉強はしていたので、中の下ぐらいの成績で1学期も終了。

そしてこの中の中から中の下程度の成績を卒業まで行ったり来たりする事になります。

ポジションも振り分けられ、私はスタンドオフ(SO・15人制では背番号12。12人制では背番号7)に決められました。

夏合宿では朝6時に起床して、休憩や昼寝を挟みながら練習と試合を繰り返したものです。

2年生からはウイング(WTB・15人制では背番号11と14の2人がいる。12人制では背番号8と11)の練習もして1つ上の先輩の試合に出るようになりました。

正直なところ、SOとして判断の良い選手ではなかった一方、50m走が6.2秒だったか6.3秒で並より少し速い方だったので、パスが通ったら自分で行く事が前提のWTBの方が向いていたかもしれません。

というわけで、そのまま自分の学年のチームでもWTBに固定されたのでした。

元々SOとして適性があったからというより、体は大きくないけれどキックが飛ぶ方だったからという理由でSOに振り分けられただけだったようなので、ボールが回ってきたら対面を抜く事だけを考えて走り、相手が迫ってきたらタックルに行き、自陣にボールが蹴り込まれた場合は前が空いていればカウンターアタックに走り、相手が迫ってきていたら蹴り返す……やる事がシンプルになった私は、ここから水を得た魚のように頑張り始めました。

 

「人気が無くて小学校で経験してるメンバーがいないからレギュラーになれそう」という不純な動機で入部した私の快進撃がここから始まる……のでしょうか?

 

 (次回へ)

 


  

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